そーなんですよ。
今回は、映画の「シャイニング」のお話です。
以前、スティーヴン・キングの原作のお話をしたので今回は、原作者が気に入っていない映画の話です。
キングは、我らがスタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」をお気に召さないみたいなんです。
で、どの辺がお気に召さないのかなぁ、なんてのを少し推測してみようかな、と思っております。
キング自身の言葉を聞いたわけではないので、詳しく知りませんが、昔雑誌にそんなことが書いてあったんですね。
私は、小説の前に映画を見ていたので、どこが気に入らないんだろう? なんて思っておりました。
いい映画じゃないですか。
ジャック・ニコルソンの演技、サイコー。
独特のカメラワーク、サイコー。
ウェンディー役の女優、サイテー。
恐怖に怯える演技はいいんだけど、美人じゃないよなぁ。美人にしろとは言わないけど、アレはないよなぁ。
ギョロメとあの口は、いただけない。
まぁ、キングはそんなことを言っているんじゃないんだろうけど。
でね、小説との相違点をあげると、まず一番大きな所ではラストシーンの違い。
というより、黒人コックのハローラン(?)の生死の違いかな。
結末の違いで、原作者が嫌だと言うのは、当たり前すぎるので、あえてここではこの部分のせいではないということにしましょう。
では、どこかというと、やっぱり前半の語られるべきところがちゃんと語られていないと言うところでしょうか。
一言で言うなら「トラウマ」です。
シャイニングの主役とでも言うべき、お父さんがいかに狂っていくかが、最大の見所なわけですが、人間狂うのにも理由があります。
その部分を小説ではしっかりと書かれていて、映画では、端折っています。
仕方がないといえば、仕方がないです。
上映時間の関係もありますしね。
なんでお父さんは酒を止めたのか。
こう書くととても簡単ですね。映画でも説明はされています。
でも、それは事実を話しているだけで、そのことがお父さんの心にどう影響しているのかが描かれていません。
だからちゃんと映画を見ていないと、なんでジャック・ニコルソンは狂ってしまったのかがわからなくなってしまうのです。
これでは、B級スプラッター映画とかわんなくなってしまいます。
キューブリックは、原作を一生懸命研究したのでしょう。
結果、映画としておもしろくする部分を煮詰めすぎてしまい、俳優の演技力にすべてを賭けることになったのかもしれません。
心理描写を、説明することなく俳優の行動ですべてを表現する。
さすが、ジャック・ニコルソン。
ぱちぱちぱちぱち。
でも原作者から見れば、足りないんでしょうね。
そして、お化け屋敷としての存在感が、キューブリックとキングでは違っていたのかもしれません。
これは単純に技術的な部分での相違だと私は思っているんですが、どーでしょう。
まぁ、とりあえずですね。原作と映画と両方ともすばらしい作品ですから、両方ともしっかりと楽しんで欲しいですね。
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