本当は「前略ミルクハウス」にしようと思ったんだけど、肝心なことが思い出せない。
作者って、川原由美子だっけ?
主人公の女の子の名前も忘れてしまったし、主人公が下宿している家主のニューハーフじゃないけど、女装癖?のあるお兄ちゃんの名前も忘れてしまった。
ので、思い出したら書くかもしれない。
思い出さなくても書くかもしれない。
考えてみれば、登場人物の名前を忘れようが間違えようが、今までいっぱい書いてきた気がする。
よって、今回は「童夢」です。
世界の大友です。
ハウンドドックです。
えっ、ちょっと違う。
大友克洋です。みなさんには「童夢」より「アキラ」の方が馴染み深いかもしれませんな。
私は、「童夢」からのファンなんですよ。
初めて読んだときは、ビックリどっきりメカ発進状態でした。
何に驚いたかというと、まずはビジュアルインパクトディテイルの細かさですね。
あの夜の団地の不気味さは、あれだけ細かく書いているから恐ろしく感じるんですよね。
そして、もう一つは「動き」ですか。
それはもしかしたら影の付け方とか、画の切り方とかアングルとか、いろいろな要素があると思うんですけど、凄いと思いました。
よくマンガで使われている手法で、動きを表すときに斜線を入れますよね。
「童夢」には、ほぼそれに値する物がないのです。
でも、少女は空を飛び、ついでに爺も空を飛び、まさにトビマストビマス状態。
別に飛んでいるシーンや、空中に浮いているシーンだけの話をしているつもりはありません。
わかりやすいからそう書いたまでです。
だから「アキラ」を読んだときには、なんでこんなに斜線が多いの? と思ってしまったほどです。
「童夢」の話。
当時のSF大会だかなんだかの正式な賞の名前を忘れてしまいましたが、それを受賞したときに手塚治虫氏のコメントで「十年後も同じ驚きがあれば凄い作品」云々の事を言っていました。
手塚氏が言いたかったのは、あまりにもみんなが凄い凄いと騒ぐので、本当に凄いのなら十年たっても凄いのだ、と言いたかったと私は理解しています。
けっして、僻んだり妬んだりしたのではないと。まぁ、同じクリエイターとしてよい作品に対する何らかの感情があったのは確かでしょう。その感情がなければ、あれだけ長く第一線で活躍することは出来なかったはずです。
「童夢」の話。
物語は超能力爺の話。超能力を持った爺が、自分の我のままに行動していく話。
それを、子供に窘められるという話し。
また画の話。
いわゆる超能力爺は殺人嗜好者なんですよ。それでね人を殺すわけだから血が出てくるんですけど、コレがまたいい感じなんですわ。
殺人現場であるマンションの廊下の床や壁に血がいっぱいついているんですね。
その書き方の生々しいこと。
手形がついていたり、飛び散っていたりと、うまく書けているんです。
白と黒の世界に「赤い血」が存在するんですよ。
これには、ほとほと感心して、どうやって描いているんだろうと真剣に考えましたね。
スクリーントーンわ使っているのか、薄墨を使っているのか、悩みに悩んだ末、考えることを止めました。
凡人には理解できないのです。
「童夢」の話。
個人的には「アキラ」より、ずっと好きです。
大友克洋氏がマンガとしての表現と物語を作品として究めるために描いたものなのでしょう。
そして、漫画家大友克洋氏は「アキラ」というマンガで結果報告をしたんではないでしょうか。
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