ガンダムですよ、ガンダム。
私はもろにガンダム世代なんですよね。
なのに今まで全然取り上げられなかったな。
不思議だ。
で、一発目は小説のガンダムについて。
アニメの監督であり原作を担当していた富野喜幸富野由悠季が自ら書いた小説です。
コレがまた朝日ソノラマという所から出ていたんですが、あっ、今も出ているか、ジュブナイルだと思うんですよ。
だけど、とてもとても、難しいことが書いてあります。
アニメを見てこの小説を読むとちょっと違うと思うでしょう。
でもね、私好きなんですよ。
TVアニメとは全然違うんですね、ストーリー。
まず、ホワイトベースは、地球に降りない。
アムロくんとセイラさんが一発やっちゃうし(失礼)
アムロくん死んじゃう。
ホワイトベースのクルーは、サイド3まで行く。
ほーら、全然違うでしょ。
ホワイトベースだって一度撃沈されてしまって、二番艦ペガサスに乗り換えるんですよ。
ここまで違うと読んでいて面白いですよ。
サイコー。
全三巻。
アッというまです。
TVシリーズが終わって、映画になって、映画の三作目にはこの小説のいいところが反映されてとってもいい作品になりました。
ミリタリー色が強くなったんですよね。
もともとガンダムはスーパーロボットアニメですから、それがロボットよりも人間ドラマとしての評価が高くなって、その後、あの世間を騒がしたガンプラのブームとなるわけです。
この人間ドラマの評価が、後のガンダムを変えていったと思うんですよ。
ガンダムだけじゃないですね。ジャパニメーションを作り上げてきたんだと思います。
さて、小説の話。
基本的な登場人物や物語の進行は、TVアニメの設定です。
中盤、ホワイトベースが地球に降下しない展開から、がらっと小説版ガンダムの真価発揮です。
ミリタリー色が強いんですよ、小説版は。
雰囲気で言うとアメリカのベトナム物に近い雰囲気はあります。
ただし日本人の作家なので、感覚的には第二次世界大戦の感じかな。
ニュータイプと戦争。
この二つが柱になっているのでしょう。
ただ本来は「人と戦争」なんでしょうけど。
ヒューマニズム的な話やエゴイスティックな話がいやだったんでしょうね。
それに当時の(今でもそうだけど)若者に「人」とはなんぞや。「戦争」とはなんぞや、と言ったところで相手にされないから人に代わる新しい人を誕生させてその「人」を使って「人」を語っているような気がするんですよ。
「ニュータイプ」
すばらしいね。
単純な造語なんだけど、ここまでインパクトのある言葉はなかなか作れませんよ。
おっと、ちょっと脱線してしまいました。詳しくはいずれまた書くとして。
小説の話。
そうなのです。小説のアムロくんは、アニメではないのでとっても大人です。
何しろセイラさんと一発、、、、、セイラさんの毛をお守りにしようとしたり。
どこの毛かは詳しく書けませんが、カイくんがご教授していました。
なんだ、おまえ持っていないの? と自慢げにカイくんアムロくんに話していました。
そう。カイくんも持っていたんですね。
いやー、戦争に行く兵隊さんのジンクスなんですけどね。
お守りの話。
やっぱり感覚的に古いですよね。そのお守りの話を持ち出してくるところなんざ。
でも、まぁ、なんて言うんですか、ガンダムは戦争を描いているんだと作者は言いたかったのかもしれませんな。
このお守りの話は、私以上にしつこく作中で語られます。
アムロくんが死んだのも、このお守りを持っていなかったからみたいだし。
まぁ、一度でもガンダムを見たことがある人なら、楽しく読めると思いますよ。
見たことがない人には、ちょっとつらいかも。
何しろキャラクターへの感情移入度が違いますから。
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